はじめに

「脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血の初期段階を乗り切った患者は、一見回復したようにみえても、数日後からくも膜下腔の血腫が原因となって脳血管が収縮する脳血管攣縮が起こることがあります。これがくも膜下出血の後遺症の原因として重要です。脳血管攣縮は担当医にとっても治療の難しい、困難な現象です。」
(医師)くも膜下出血は、突然に起こる生命を脅かす脳の表面の出血です。多くは脳血管にできたこぶ(脳動脈瘤)の破裂が原因です。
くも膜下出血は、今まで経験したことのないような突然の激しい頭痛が特徴的な症状であり、多くは嘔吐を伴います。出血が多ければそのまま死に至りますが、一時的なものから持続する重度のものまでさまざまな程度の意識障害をきたすことがあります。これらの症状が出現した場合は直ぐに救急車を呼ぶ必要があります。病院では診断確定後、すみやかに致命的な再出血を防ぐために開頭手術やカテーテルによる治療を行います。
出血発作後数日から2週間の間に、くも膜下出血患者の約1/3に、脳動脈内腔が狭くなる遅発性脳血管攣縮(ちはつせいのうけっかんれんしゅく)が起こります。手足の麻痺や意識の障害などが主な症状です。脳血管攣縮により脳への血流が低下するために脳の機能が低下することが原因です。ある程度以上に血流障害が起こると脳組織の一部が死に至り、脳梗塞という状態になります。後遺症として麻痺や意識障害が残ることがあります。身体的な回復が良好であっても、認知機能の低下が続くこともあります。脳血管攣縮の起こる原因はある程度解明されていますが、残念ながら現状ではどの患者に脳血管攣縮が起こるか、その程度はどの位かなどを十分に予測するには至っておりません。
現在、重度の脳血管攣縮に対しては、リスクを伴い、かつ頻繁に繰り返して行う侵襲的な治療方法に頼らざるを得ません。したがって、くも膜下出血の後遺症を減らすためには脳血管攣縮に対する効果的で安全な治療法の開発が必要であり、そのための研究が鋭意進められています。
このeBookについて
このeBookは、脳動脈瘤の破裂によって起こるくも膜下出血と、くも膜下出血後に起こる脳血管攣縮に対する理解を助けるために、Idorsia Pharmaceuticals Ltdが作成し、日本語版に編集したものです。 このeBookでは、くも膜下出血の原因・症状や脳血管攣縮の原因・兆候・管理等の最新情報を患者さまだけでなく、ご家族さらに介護者の皆様にも役立つ情報としてハイライトしました。
くも膜下出血と脳血管攣縮の理解

「手術が終わり、麻酔から目覚めたときに、これで助かったと安堵しました。しかし、数日後から体の右半身の感覚が徐々に失われていったのをよく覚えています。どうしてこんな風になってしまうのだろうととても不安になり、落ち込みました。2週間にわたり絶望の淵をさまよいました。」
(脳血管攣縮を経験した患者)脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血とは?
脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血(以下、動脈瘤性くも膜下出血、と略します)、は脳卒中の一つとして分類されます。くも膜下出血はどうして起こるのでしょうか? 脳への影響、そして治療はどうなっているのでしょうか?
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+ 動脈瘤性くも膜下出血の原因は?
- 動脈瘤性くも膜下出血は脳動脈瘤が破裂することによって起こります。脳動脈の壁の一部が膨れ上がり、こぶ状にふくらんだものを動脈瘤といい、くも膜下にある動脈瘤が破裂するとくも膜下出血となります。
- 脳動脈瘤の成因は十分には分かっていませんが、遺伝や高血圧、喫煙などが脳動脈瘤の発生とその破裂のリスクを高めています。
- くも膜下出血は、出血により頭蓋内圧が急激に高まるので非常に危険です。
脳血管攣縮と、その原因は?
脳血管攣縮とは、脳の血管が何らかの刺激により異常に収縮し、それにより脳への血流が低下し、脳に悪い影響を及ぼすという一連の事象のことを意味します。
脳血管攣縮がなぜ起こるか十分には解明されていませんが、動脈瘤性くも膜下出血が引き金となって、種々の生理学的及び生化学的反応により血管を収縮させる物質が放出されることによると考えられています。
「私は、手術後順調に回復していると思えたのですが、その後2週間の間にICUで起きた私の症状の変化は私の家族をどん底に落とすようなまったく恐ろしいものでした。医師の方々が『脳血管攣縮』と呼んでいる現象によるものでした。」
(患者)-
+ 脳血管攣縮におけるエンドセリン放出の役割
- 脳血管攣縮は、くも膜下出血後に「血管作用物質」の放出が 「引き金」となり、脳血管を収縮させると考えられています。
- エンドセリンは、血管を収縮させる最も強力で作用時間の長い血管作用物質の1つです。
- 脳血管攣縮の患者では脳脊髄液中に高濃度のエンドセリンが検出されます。
- 脳血管攣縮を引き起こす過程において、エンドセリンの役割の理解が進めば、血管攣縮の予防や回復のための新しい治療法の開発へと繋がる可能性があります。
脳血管攣縮の出現頻度と発症する患者は?
血管撮影検査上形態的に内腔が狭まる脳血管攣縮は、動脈瘤性くも膜下出血の患者では明らかな臨床症状がない場合でもよくみられます。血管は狭くなっていますが、神経機能を低下するまでには至っていない状態です。このように、動脈瘤性くも膜下出血患者の約70%に、血管撮影検査で脳血管攣縮の証拠がみられますが、臨床症状は1/3の患者にしかみられません。現在、どの患者に脳血管攣縮による症状が現れるかを予測することはできません。
「私は幸いにも生き延びたばかりではなく、脳血管攣縮から完全に回復しましたが、すべての患者さんがあなたのように治るわけではないですよと主治医から言われました。脳血管攣縮の治療法が近い将来に見つかるように祈っています。」
(患者)脳血管攣縮の兆候と症状
動脈瘤性くも膜下出血治療後の早い段階で脳血管攣縮の症状を見分けるのは難しいことです。特に治療のために鎮静剤が投与されている場合はなおさらです。一見回復した患者の意識状態が急激に低下した場合や手足の麻痺などの新たに症状が出現した場合は脳血管攣縮が強く疑われます。
動脈瘤性くも膜下出血と脳血管攣縮の予後は?
動脈瘤性くも膜下出血患者には一般的にリハビリテーションが必要です。十分自立できるまでに回復する人もいますが、介護者の支援を必要とする身体障害や認知障害のような症状を残す場合も少なくありません。
動脈瘤性くも膜下出血後に脳血管攣縮を発症した患者では、一般的にこれらの障害がより重症になります。脳血管攣縮は、動脈瘤性くも膜下出血発症患者の身体障害、認知障害や死亡等の予後不良因子の1つです。
「脳血管攣縮の管理方法は進歩していますが、現在可能な治療の選択肢には限界があります。脳血管攣縮はくも膜下出血の最も深刻な合併症の1つで、短期的にも長期にも病気の回復に著しい影響を与えています。」
(医師)動脈瘤性くも膜下出血は脳のどの部分に起こるのでしょうか?
- 動脈瘤性くも膜下出血は、くも膜下腔と呼ばれる脳を覆う二層の保護膜の間に起ります。突然に起こる生命を脅かす出血です。

動脈瘤性くも膜下出血の診断と治療は?
- くも膜下出血に特徴的な症状は、突然の激しい頭痛です。患者は「雷に打たれたような」、「突然バットで後頭部を殴られたような」または「いままで経験したことのないような激しい頭痛」などと表現します。
- これらの症状があれば、速やかに医師の診察を受ける必要があります。
- 入院すると直ちに、動脈瘤性くも膜下出血の確定診断のために幾つもの検査が行われます。主な検査はコンピュータ断層撮影(CT)検査で、出血を確認するために行われます。その他の検査は、核磁気共鳴画映法(MRI)検査、血管造影(血管のX線撮影)検査などです。
- 診断されると直ちに動脈瘤の再破裂予防のために、以下の2つの治療法のうちの1つが選択されます。
- 第1の方法は、開頭クリッピング術です。これは、手術で開頭し、動脈瘤を小さな洗濯ばさみのような金属クリップを用いて閉塞する方法です。
- 第2の方法は、血管内コイル塞栓術です。これは、細いカテーテルを足の付け根の動脈から入れ、脳血管に生じた動脈瘤内まで挿入して、極細のプラチナ製コイルをつめて閉塞する方法です。さらに新しい方法が次々に開発されています。
- 上に述べた2つの方法のうちのどちらがよいかは、脳動脈瘤の場所や大きさ、形などのみならず患者の全身状態や脳の状態などを総合的に判断して決まります。

脳血管攣縮が起こるとどうなるか?
- 脳血管攣縮においては、脳血管壁にある平滑筋に異常に強い収縮が認められます。
- 平滑筋の収縮によって脳血管が狭められ、脳血流量が低下し、狭窄した脳血管の先の脳へ血液が行かなくなります。
- 脳に血液が行かない時間と程度によって、患者の脳の損傷が一時的であるか、恒久的であるかが分れます。

脳血管攣縮の症状

脳血管攣縮の診断と管理

「動脈瘤性くも膜下出血発症後の患者の後遺症と不良な臨床経過をなくすためには、脳血管攣縮の予防、早期発見・早期治療が重要です。」
(医師)脳血管攣縮による脳の損傷をできる限り少なくするためには、できるだけ早期に発見し、早期に治療することが重要です。
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+ 脳血管攣縮の診断に用いられる検査方法は?
- 理学的検査:動脈瘤性くも膜下出血を発症した患者では、発症後2週間程度にわたり、脳血管攣縮を示唆する症状を頻繁にチェックします。
- 脳血管造影検査:造影剤の注入後に、X線撮影で脳の血管を検査します。
- 前述したように、脳血管攣縮は、明らかな臨床症状がない場合でも血管造影検査でしばしば発見されます。このような場合には、血管が狭くなっているが、神経機能の低下までは、まだ引き起こされていないことを意味しています。動脈瘤性くも膜下出血患者の約70%では血管造影検査により脳血管攣縮の証拠がみられますが、臨床症状は1/3の患者にしかみられません。
- その他の検査としては、超音波を用いて脳血管の血流速度を測定する経頭蓋ドップラー(TCD)検査があり、脳血管攣縮の発見に用いられています。
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+ 脳血管攣縮の治療は?
- 予防の点からは、カルシウムチャネル遮断薬のニモジピン(国内未承認)が動脈瘤性くも膜下出血を発症した患者の脳梗塞発症の低下に有益とされています。
- 脳血管攣縮の一般的な治療法としては、循環動態管理法があります。これは、体循環系システムで十分な血液量を維持しながら、血管攣縮により影響を受けている脳の領域に血液を強制的に供給することを目的として、人為的に血圧を高める方法です。
- これで効果がない場合には、侵襲的な治療法ですが、小さな風船を収縮した血管内に挿入して膨らませ、強制的に血管を広げるバルーン血管形成術が行われる場合もあります。
- 血管形成術が不可能な患者に対しては、攣縮した動脈血管への血管拡張剤の局所注入が時々試みられています。これもまた侵襲的な治療法です。
- これらの方法は重度の脳血管攣縮に対する治療として広く受け入れられていますが、それらの効果については限定的な上、多くの労力を必要とします。また重篤な副作用を引き起こし、そのうえ脳の損傷を招くリスクにもなります。これらの処置ができるのは専門病院に限られています。
- このようなことから、現在、脳血管攣縮の新しい治療法の開発を目指し研究は進行しています。
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+ リハビリテーション
- 動脈瘤性くも膜下出血及び(または)脳血管攣縮による脳の損傷の程度により、多くの患者はリハビリテーションが必要となります。リハリビリテーションは通常入院中に開始し、退院後もリハビリテーションのために定期的に通院します。
- リハビリテーションは、動脈瘤性くも膜下出血及び(または)脳血管攣縮により障害を受けた患者の失われた、あるいは低下した機能を回復させる手助けとなります。通常、リハビリテーションプログラムを監督する神経専門医や看護師、理学療法士、作業療法士、言語療法士などの専門家からなるチームで行われます。
動脈瘤性くも膜下出血及び脳血管攣縮の長期的影響

「私の脳動脈瘤破裂は2003年に起こりました。くも膜下出血としての重症度は中等度でした。脳血管攣縮による症状は時間とともに軽快していきました。ただ、私の体力は明らかに衰えましたし、理解力は悪くなり、元には戻っていません。しかし、リハビリテーションなどを根気よく続けることによって、症状は少しずつ軽くなっていると思っています。」
(患者)脳血管攣縮によって、脳の血液供給が不十分になることでおこる脳組織領域の壊死は、長期的かつ身体的、社会的及び感情的な障害をもたらし、患者の人生のあらゆる面や介護者と家族、友人との生活に大きく影響します。
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+ 仕事への影響
- 動脈瘤性くも膜下出血及び脳血管攣縮を経験した多くの人では、情報を処理する速さや、形や空間を分析、理解する能力において、長期間ダメージが残り、仕事をする能力に影響を与えます。
- 10年間にわたり治療を受けた動脈瘤性くも膜下出血症例の研究からわかったことは、病気の前には完全雇用あるいはパートタイム従業員であった方の約半数が1年後の追跡調査では失業していました。
- もし仕事を行うことができず、家族が患者の介護のために多くの時間を割く必要があれば、患者本人だけでなく、家族にも経済的な影響が生じます。
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+ 友人と家族への影響
- 家族関係は、動脈瘤性くも膜下出血及び脳血管攣縮からの回復期にある患者のニーズと能力の度合いによって劇的に変わります。
- 友人や家族は、脳血管攣縮に伴う様々な変化に立ち向かうことの難しさを感じ、病への支援と本人の感情への支援をどのように行うことが最善か、自信が持てなくなるかもしれません。
- 家族は、介護者が困難に直面している時またはこの気持ちを感じているような時には、介護者の役割を担うのが通常です。友人や家族も患者と同様に自分の「悲嘆」過程を経ることを覚えておくことが重要です。このような状況下では、友人よりも見知らぬ他人の方が話しやすく、患者支援組織の中にいる同様な経験を持つ介護者のネットワークがしばしば役に立ちます。
回復過程の感情への影響
- 動脈瘤性くも膜下出血及び脳血管攣縮の後に生じる突然で予期しない精神的、身体的な制限を受け入れるということは、患者本人やその家族、友人にとって大変難しいことです。
- 病気の発症前には出来ていた作業が出来なくなることは、自尊心を傷つけ、自信を失わせ、うつ病へとつながります。
- リハビリテーションや回復までの期間は長く、もどかしいものであり、家族の生活に負担をかけ、家族関係を変えることにもなり得ます。
- 感情が変化する可能性が高く、多くの人は、「悲嘆の5段階」と呼ばれる感情、つまり、「否認・怒り・駆け引き・抑うつ(引きこもり)・受容」のうちの1つ以上の感情を経験するということを認識しておくことは重要です。
- 受容のステージに到達するためには、患者や家族は期待感をあまり高めず、新たな到達点と目標を設定する必要があります。これにはゆっくり時間をかけることが大切です。

支援について

動脈瘤性くも膜下出血後、重篤な後遺症が出た場合の生活は極めて困難で、時に大きな負担になり、ご家族や友人の助けを必要とします。
リハビリテーションは長い過程であり、動脈瘤性くも膜下出血及び脳血管攣縮で悪影響を受けた(結果的に脳組織の壊死を経験している)患者が以前の技能を再び学び直す内容や自立した生活に戻る時間に大きな期待をかけないことが重要なことです。
動脈瘤性くも膜下出血、脳血管攣縮、更に広くみれば脳卒中の患者と家族への支援の程度は国によって大きく異なります。地方自治体や医療担当者は、多くの場合、給付金、助成金、社会サービス、その他の可能な支援についてより良い情報を持っています。
これらの支援条件に関する情報は役に立つことが多いので、次回訪問時に医療担当者に相談するポイントをメモに取っておくとよいでしょう。患者や家族の気持ちを楽にさせるとともに支援対応への助けとなるでしょう。
免責事項
この資料は、くも膜下出血及び脳血管攣縮についてのより良い理解と、これらの疾患の状態、診断手順、治療法及び疾患による生活への影響に関する情報を提供することを目的に Idorsia Pharmaceuticals Ltdが作成したものです。この資料は一般の方の利用のためのものです。
この資料にある情報は、医師のアドバイスや治療に取って代わるものではありません。本提供情報は、医師や薬剤師からのアドバイスの代替ではなく、診断や治療の開始や中止の判断に用いるべきものではありません。
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